特例事業承継税制を活用しよう
今後10年間に、70歳を超える中小企業等の経営者は約245万人になりますが、その半数以上は事業承継の準備ができていないと言われています。後継者への引き継ぎを支援するために、平成30年度税制改正では、「特例事業承継税制」が10年間の期間限定の措置として創設されました。
先代経営者が後継者に非上場企業株式等を贈与・相続した場合に、その納税の猶予を受けることができる従来(現行)の事業承継税制(以下、現行税制)では、納税猶予の対象となる株式数、評価額の割合、雇用要件の確保などに様々なリスクや不便さがあり、適用を見合わせる例もありました。
新たに創設された「特例事業承継税制」(以下、特例税制)では、現行税制の要件を大幅に見直して、不便さの解消を図り、大変利用しやすくなっています。(図表1)
特に、対象株式数の上限撤廃(現行税制は3分の2まで)と、猶予対象の評価割合が100%(現行税制は贈与:100%、相続:80%)になったことで、後継者が取得する自社株式への贈与税・相続税の負担がゼロにできることが大きなメリットとなりました。
図表1 要件等が大幅に緩和され利用しやすくなった特例税制
現行税制 | 特例税制 | |
対象株式 | 発行済議決権株式総数の3分の2 | 発行済議決権株式数総数のすべて |
評価割合 | 贈与:100%、相続:80% | 100% |
贈与者 | 【改正前】先代経営者のみ 【改正後】複数の株主 | 複数の株主 |
後継者 | 後継経営者1人のみ | 後継経営者3名まで(10%以上の持株要件あり) |
雇用確保要件 | 5年平均で80%を維持 | 雇用確保要件を実質的に撤廃 *雇用確保要件を満たさなくなった場合、認定支援機関の意見(経営悪化の場合は、指導・助言)があれば猶予が継続 |
相続時精算課税 | 子・孫のみ | 子・孫以外の親族や第三者まで適用可能 |
承継期間後の減免 | 民事再生・会社更生時にその時点の評価額で相続税を再計算し、超過部分の猶予税額を免除 | 譲渡・合併による消滅・解散時も追加。この場合の売却・廃業時の株価で再計算し、納税猶予額が下回る場合は差額を減免 |
特例承継計画 | 不要 | 必要(提出期限:平成30年4月1日から5年間) |
適用期間 | 制限期間なし | 平成30年1月1日から平成39年12月31日の贈与・相続まで |
特例税制の適用を受けるためには、「都道府県知事の認定」「税務署への申告」の手続きなどが必要となります。
①承継計画の策定
まず、「承継計画」を策定します。この計画は、平成30年4月1日から平成35年(2023年)3月31日までの間に、認定経営革新等支援機関の指導・助言を受けて作成したものでなければなりません。その「承継計画」は、都道府県への提出が必要になります。
*平成35年(2023年)3月31日までの相続・贈与を行う場合、相続・贈与後の承継計画提出も可能です。
②贈与又は相続の実行
平成39年12月31日までに、実際に相続又は贈与を行います。
*平成30年1月1日以降の相続・贈与が対象です。
③適用要件を満たしていることの認定を受ける
相続・贈与後は、都道府県に申請し、認定を受けます(承継計画を添付します)。
【申請期限】
●贈与税の納税猶予:贈与翌年の1月15日まで
●相続税の納税猶予:相続開始日後8か月以内
④税務署への申告
認定書の写しとともに、贈与税又は相続税の申告書を提出します。
*贈与税の納税猶予の場合で、相続時精算課税制度の適用を受ける場合には、その旨を明記します。
⑤申告後も届出等が必要
申告後についても、5年間は、毎年、都道府県への報告と税務署への届出など所定の続きが必要になります。
参考 特例税制を適用した場合としない場合の比較
簡単な計算例を使った設例をもとに、特例税制を適用した場合と適用しない場合の相続税額や猶予税額の違いを確認してみましょう
設例
遺産総額3億円(自社株評価額1億円・現預金2億円)
相続人 子供2人(長男・二男)
長男(後継者)→自社株1億円と現預金1億円を相続/二男→現預金1億円を相続
特例税制を適用
(1)事業承継税制の適用がないものとして、相続税の総額(約6,920万円)と、各相続人の相続税額を計算します。ここで、二男の相続税額(約2,306万円)が決まります。
(2)長男の相続分が自社株1億円のみとした場合の相続税額を計算し、長男の相続税の猶予税額(約1,670万円)を求めます。
(3)上記(1)で計算した長男の相続税額(約4,614万円)から猶予税額を差し引いた約2,944万円が長男の実際の納税額になります。
*設例は、相続の場合ですが、贈与の場合は、適用要件等を満たせば贈与税の全額が納税猶予されます。その後贈与者が死亡した場合には猶予された贈与税が免除され、贈与時の価格で相続があったものとみなされて相続税が計算され、さらに相続税の納税猶予を受けることになります。
経営者マインドの維持には経営計画が必要
経営計画は、自社の経営方針を具体化し、進むべき方向性を社内外に明らかにするものであり 、経営者マインドの維持に不可欠なものです。先の見えない、変化の激しい時代であるからこそ、経営計画(目標)を立て、目標に向かって事業に取り組み、実績値と比較して、次の行動に生かすことが必要なのです。
経営計画は、企業がその将来に向かって、経営ビジョンや目標を達成するために作成するものです。
経営には、不安がつきものです。製造業なら「急に、注文が入らなくなった」、小売業なら「最近、売れ行きが悪くなってきた」など、経営者であれば、常に先行きについての不安はあるものです。将来への不安があっても、目標(計画)があれば、そこに向かって事業に取り組む意欲が湧いてきます。このような経営者マインドを維持するためにも経営計画が必要なのです。
計画と比較して、 マ イナスの差異があったとしても 「(差異を埋める)手立てはないか」、例えば「売上アップ策を5つくらい考えてみる」など、そこをスタ ー ト地点 として、次の行動につなげることが大切なのです。
作成した経営計画書をカバンに入れて常に持ち歩き、経営の判断基準として活用している経営者もおられます。
経営者であれば、誰しも、3~5年後くらいまでに、なりたい姿や実現したい夢・目標などがあると思います。最初は、そのような思いを計画に表してみるだけで良いのです。具体的には、次のようなものです。
①3年後に、売上を1.2倍にしたい
②売上○億円を達成したい
③3~5年後には、2店舗目を出店したい
④3年以内に惜入金残高を半分以下にしたい
⑤業態転換や新事業展開をしたい
⑥3年後に累積赤字を一掃したい
⑦5年以内に後継者へ引き継ぎたい
上記の例①②のような目標であれば、新たな取引先や販売エリアの開拓などを検討し、営業戦略を立てましょう。
③の店舗出店に向けた計画であれば、場所探し、売上予測、スタッフの採用と育成などを具体的に計画していきましょう。
⑦の事業承継であれば、後継者が継ぎたくなるように、会社の磨き上げや自社株式の整理や譲渡などを計画します。
このような計画は、経営者の方針を具体化し、自社の方向性を明らかにして、社員と共有化をはかり、その実現に向けて活動するために必要なものです。
経営計画は、一つでなければいけないということはありません。その目的ごとの数種類の計画があっても良いのです。前述のような計画の他にも、例えば、経営改善など、会社が生き残るために確保すべき利益を積み上げる計画もあります。このような計画は、金融機関に対して、自社の将来性をディスクロ ー ズし、融資などの支援を受けるためや、信頼性を高めるために必要な計画です。
その他にも、例えば、特例事業承継税制の適用を受けるために、承継時までの経営の見通しなどを簡単に記載する特例承継計画もあります。
経営計画には、長期経営計画(10年程度)、中期経営計画(3~5年)、短期経営計画(1年)等があります。
経営計画の策定にあたっては、まずは、将来の目標やビジョンを明示して、3~5年先を見据えた中長期経営計画を策定し、それを1年目の短期計画に落とし込み、さらに、具体的な実行計画にします。
正しい経営判断、業績との比較のためには、経営計画が正しい数値に基づいて策定されていなければなりません。
そのためには、日々の記帳に裏付けられた正しい月次決算データが、経営計画策定の基礎になります。
長期経営計画
経営方針、長期的なビジョンや「10年後にどうなっていたいか」などをまとめたものです。
中期経営計画
企業の進むべき方向性を明確にし、「今、何をなすべきか」を明らかにするため、現状から見た将来を示します。現状が変われば、将来も変わるため、中期経営計画は毎年、見直すことも必要です。
短期経営計画
短期経営計画は、中長期の計画をもとに、1年の数値計画に落とし込んだものです。今を知るための具体的なモノサシになります。
予算と実績の差異を測るためのものですから、一度作成したら変更してはいけません。
知らなかったではすまない保証の注意点
中小企業経営者は、融資その他の取引で保証(連帯保証)を行っているケースがあります。
しかし、経営者保証は、事業承継や相続の際に、予想外の重大問題になることがあちます。2020年施行の改正民法(債権法)では、保証人の保護の強化が図られています。
(1)被相続人が残した保証債務はどうなる?
相続では、亡くなった経営者(以下、被相続人)が残したプラスの財産(現預金、不動産など)だけでなく、マイナスの財産(債務)と保証(連帯保証)も包括して、残された家族(以下、相続人)が承継します。
保証債務を承継しても事故が起こらなければ、その弁済を求められることはないのですが、事故が起こり、実際に弁済を求められて、相続した財産だけでなく、相続人自身が築いた財産さえも失った例が少なからずあります。被相続人が残した保証債務は、相続人にとって非常にリスクがあるものと、経営者は肝に銘じるべきです。
保証の事実を家族が確認できるように! 建設会社A社の社長は2代目です。5年前、創業者である父の急逝により、事業を承継 しました。 その後父の友人が経営するB社が倒産し、父がB社の借入の連帯保証人になっていたことが判明しました。そのため、社長が金融機関から1億円の弁済を求められました。 もし、経営者自身が、友人や知人の保証人になっている場合は、その事実を家家族が確認できるようにしておきましょう。 |
(2)経営者の保証債務は、事業承継のみが相続するのか?
相続の際は、事業の承継者だけでなく、それ以外の相続人も、法定相続分に基づいて保証債務などのマイナス財産を包括的に承継することになります。
遺産分割協議で債務や保証を承継する相続人を決めても、法定相続分に基づく包括承継が優先されるので、経営に関与しない相続人にとっては重大な問題になります。
経営に関与しない相続人が被相続人(父)の保証債務を免れるには、次のような法手続きがあります。
相続放棄 | 一切の遺産相続をせずにすべてを放棄。相続を知ったときから3か月以内に行うこと。 |
限定承認 | プラス財産とマイナス財産を調査し、プラス財産が上回る場合にその限度で相続する制度。手続きが煩雑。 |
(3)「経営者保証に関するガイドライン」の活用
中小企業経営者の8割以上が、自社の借入に対して個人保証を提供しています。最近は、「経営者保証に関するガイドライン」に基づく金融機関の対応で、個人保証のない融資を受けている経営者も増えています。金融機関と相談して、自社が同ガイドラインの適用要件を満たしているかを確認することも必要です。
すでに後継者が決まっている場合は、円満な相続のために、経営者の個人保証を外すための交渉を行いましょう。
2020年4月施行の改正民法(債権法)では、保証人を保護する規定が新設されています。
(1)安易に保証人になることを防止
親戚や友人などの頼みを断り切れずに保証人となってしまい、その親戚や友人の破綻によって、保証人として弁済を求められて、全財産を失うという事例は少なくありません。
そこまでの覚悟上で保証人になったのならともかく、覚悟のないままやむを得ず保証人となってしまう例が多いことから、改正では、保証人になる手続きを厳重(慎重)にしました。
①保証人としての意思表示(公正証書の作成義務)
経営者ではないが個人が、事業のための借入(主債務)の保証人になる場合は、その保証契約締結の日前1か月以内に作成された公正証書において、「自分は保証債務を履行する意思がある」と表示しなければ、その保証債務の効力は生じません(保証の制限)。
②保証の制限が及ばない人は誰か?
主債権者が法人の場合で、「借り入れる法人の理事、取締役、執行役又はこれらに準ずる物が保証人になる場合」には公正証書の作成は不要です(保証の制限なし)。
中小企業では、家族、親族、友人が取締役に就任している例が多くありますが、これらの場合も、公正証書の作成は不要です。
また、次の人も公正証書の作成は不要です。
●会社組織で総株主の議決権の過半数を持っている人
●主債務者が個人の場合で、借主の共同事業者や借主の事業に現に従事している配偶者
つまり、主債務者とは仕事も財産も全く別である個人についてだけ、公正証書の作成が必要になります。
(2)保証人への情報提供義務
①保証人が個人の場合の情報提供義務
ア.主債務者は、保証人になろうとする人に自己の財産や収支の状況を伝えなければなりません。
イ.主債務者が返済できなくなった(期限の利益を喪失した)とき、債権者は2ヶ月以内にその旨を保証人に通知する必要があります(通知がないと、通知までに生じた遅延損害金を保証人に請求できない)。
②保証人(法人を含む)から請求書があったとき
債権者は、次の情報を提供しなければなりません。
●主債務の元本や利息等の不履行の有無
●各債務の残額
●弁済期到来分の額 など
保証は、身近な制度ですが、リスクのあるものです。
正しい理解のもと、慎重な判断が求められます。
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東京地方税理士会所属 |